HAL4550

パラゴンルーム





オーディオルームに入りきらなくなったスピーカを別な部屋に移した。機械もソースも段々増えてスペースを脅かす存在になってくる。ラックを二階建てにしてもソースを積み重ねても所詮は限界がある、意を決して別な部屋をあてがった。



天井の高い六畳の事務所である。仕事をする場所であるが無い袖は振れぬので仕方ない。初期パラゴンにMC75とゴールドムンドのCDとDAC、カウンターポイントSA3000の組み合わせである。カウンターポイントにはカウンターポイントのパワーを使ってみたい、しかし、トラブルの多いSA-4であるが運良く飛び込んできてくれた、本当に感謝である。SA-4は色々研究した、そして問題点を整理して対策を施したので安定して動いてくれている、もう少ししたら対策についても書いてみたいと思っている。


SA-4は入力ゲインが高すぎるので-30dbの減衰回路を入れた。それでもSA-3000からするとヴォリュームは九時位までが限界である。この限界と書いたのは盛大に部屋から音漏れがするのである。事務所仕様で作ったので防犯ガラスではあるがガラス一枚には変わりない、九時以上に上げると音漏れが凄い。隣家とは果樹園を隔てて離れているが道路があり僅かであるが人が通る。外で聞いて結構大きな音が漏れている。


改築をお願いした工務店に相談したが二重窓は難しいと言われたので試しにペアーガラスにしてみることにした。工事は簡単で厚さ十ミリの張り合わせガラスと入れ替えてもらった。音漏れは随分と軽減された、同じ音量で微かに聞こえている程度、立ち止まり注意して聞いてみてもテレビの音ぐらいかと思える。ヴォリュームを上げれば音漏れはするのだろうが、パラゴンではこれ以上の音量は必要ない。これで一件落着とする。


あとデッカ・デコラから二セット有り、これも別な部屋にセットしてあるから合計3ルームになってしまった。女房が生きていれば断固反対されたと思う。いま一番電気が入るのはパラゴンで次がデッカ・デコラ、エベレストや4550に電気が入る余裕はないのが現状である。







# by hal4550 | 2015-06-11 13:15 | JAZZ

バリ最後の夜は





パリ最後の夜はパリ最古のJAZZ CLUBと云うネットで見つけた地下ライブハウスに行ってきました。縦のセーヌ川岸セント・ミッシェル通りと横のサンミッシェル通りの交差するところから少し路地に入ったところにある。この辺はde la Huchutteと付く店が多いが赤いネオンが目を惹くのですぐに分かる。

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その前にサンジェルマンディプレ通りから左へ曲がりサンミッシェル通りにある中古レコード屋Boulinierでレコードを見た。大きな店で本とCD/DVDとレコードを扱う大型店で24時まで営業をしている。レコードはワンフロアーにしかなかったが後で調べるともう一階下の倉庫に沢山置いてあるらしい。沢山有るがネットで買えるものが多く初期盤は皆無だがErik SatieとGeori Boueの古いアリア集を選んでレジで精算して18ユーロ。レジ奥にワーグナーを飾ってあるのはフルトベングラーの指輪とサバリッシュとクナパーッブシュのバイロイト音楽祭の箱物エンボスのデスマスクが付いているフィリプス盤。たしか1961年のモノラルと思ったが盤は奇麗でSTEREO/MONOと書いてある。疑似ステレオの可能性もあるが前から探していたレコードで即ゲットした、レジのおじさんが本当に買うのかと聞くからYahと答えると100ユーロを90ユーロに負けてくれた。荷物になるが嬉しかった。



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そして、CaveDeLaHuchtte1950年開業パリ最古の店へ二人で26ユーロの入場料を払い地下深く潜って行った。少しおかしい、何か変である、懐かしいフロアーであるがその時はJAZZ CLUBと思い込んでいたからまだ分からなかった。二十二時になると客が集まり始め、それでも半分の席は空いている。バンドが入り演奏が始まった、JAZZの曲であるがリズムが少しおかしい、少なくともSUNSIDE SUNSETとは比べ物にならない。二曲終わったところで突然異変が起こった、常連客は当然であろうが初めての客は面食らってしまった。



地下へ潜ってゆくと怪しげな雰囲気
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天井はリバプールと同じドーム状
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演奏ステージは狭いネオールディズのクラブみたい
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客も年寄りから若い娘まで
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突然のことで驚き目が点になった
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JAZZの曲ではあるがリズムを崩して演奏するなかでカップルがジルバを踊りだした。二組三組とフロアーを踊りまくっている。女房もツイストやジルバが大好きでニューオリンズのダンスホールでは一緒に踊ったが、もしも生きていれば喜んでフロアーに繰り出しただろうと涙が出てきた。

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JAZZを聴きに来た人はあっけにとられている、ダンスを踊る連中は席では演奏中にも関わらず大声で喋り踊れそうな曲になるとフロアーを占拠する、JAZZマニアにとっては不愉快極まりない連中だ。人の踊りを見て喜ぶ趣味はないので一時間で退散した。階段に古い写真や油絵が沢山飾ってある。ここはダンスホールなのだ、それを知らずにライブハウスと思ってきた人達も沢山居たようだ、喋っているカップルに再三注意しているが無視されている、ここはダンスが主役の店って知らないのと言いたげである。ウェブにはそんなことは書いてないので分からなくて当然だろうが。初日に行ったSUNSET SUNSIDEはサンミッシェルがシテ島で名前を変えてBOULEVARDとなるが同じ道である、その通り沿いポンピドーセンターの傍にあるからセーヌ川を挟んで五分も離れていないセーヌ左岸と右岸である。SUNSET SUNSIDEはお勧めです。


結局こう云う店でした
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# by hal4550 | 2015-05-05 16:05 | JAZZ

リバプールへ




ネット環境が不調でメールの挙動がおかしくオペラのチケットがキャンセルされてしまった。どうしても見たいキャストではなかったのであっさり諦めた。天気がもう一つ良くない曇りから雨の予報、ワイナリーへ行くのも中止した。これで1000ユーロが浮いた、天気予報を見てみるとロンドンが晴れ、青りんごを見て思ったのではないが、リバプールヘ行こう、そしてCavern CLUBでBeatlesを浴びようということになった。


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ユーロスターで時差があるから二時間でロンドン、そこで乗り換えマンチェスター経由でリバプールまで四時間余り、気ままな旅だから良いだろう。宿もネットでリバプールに予約した。ユーロスターは快適だった、浮いた金で贅沢しようと一等席を買った。二等の三倍であるがこの際細かいことは無しだ。でも金額に触れたのは訳がある、パリ北駅を出発するとすぐに飲み物を持ってきた、金は要らないと云う、暫くするとおつまみとアルコールをくれるという、これも無料。そしてプレートが運ばれてきた、温かい食事である、後でメインコースを運んでくると云い、アルコールの追加を聞く。ほどなくチキンとソーセージと豆の煮込みが運ばれてきた、そしてデザートに紅茶といたれりつくせりである。三時間の旅も車窓に映る菜の花畑の黄色と牧草の緑が映えて奇麗だった。ドーバ海峡を渡るともう女王陛下の国イギリスである。車窓はフランスと同じ菜種畑が広がるが違うのはユーロスターの車体の揺れがひどくなったことだ。

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ロンドンについて乗り換えのため三百メートル離れたVirgin鉄道の駅へ急いだ。赤色の二階建てのバスを見てロンドンに着いた実感が湧いた。リバプールヘ今日は直行便がないそうでマンチェスターで乗り換えることになる。ロンドから内陸へ入るとフランスとは違う畑の風景が広がる、菜種畑は同じであるが馬と牛と羊の牧場が沢山ある。そして鉄道と並行して張り巡らされた水路を行き交うナローボートを見た。テレビで見たことがあるウエールズの観光水路ではなく経済水路である。水路が発達して産業革命を支えた大陸とは違う文化があることを知った。

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列車がリバプール駅に着いたのは午後七時半、ホテルにチェックインしてCavern CLUBのあるMathew通りにタクシーで行った。通りが全部ライブハウスである、通りを外れてもパブかディスコしかない不思議な町である。CAVERNの看板は直ぐに見つかり入口に人が屯している。階段を下りると爆音が響き店内は人が溢れている。ギネスを呑みながら様子を伺いながら、ここがビートルズを産んだCAVERN CLUBかと感激したが少し変なことに気が付いた。バンドが下手糞である、素人出場かと思った。みんな乗って踊っているが早々と退散した。

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十メートル歩くとそこもCAVERN CLUBと書いてある、何軒もあるのかと前の店の看板を見てみるとCAVERN PUBと書いてある。改めて入場料4ユーロを払うと厳ついおっさんが腕にスタンプを押してくれる、これで出入り自由と云うことだろう。階段を地下深く入って行くとそこは見覚えのあるCAVERN CLUBである。四十年前に女房と良く通った大阪のCAVERN CLUBと同じに作ってある、こっちが本家本元であるから感激である。天井はアーチ形で低く昔の醸造所跡を利用と書いてある。店内はかなり広く、こちらも人が一杯である。とても飲み物までたどり着けそうもない。演奏は流石に上手い、女子バンドが何曲か演奏した後に二十二時から二時まではハウスバンドの出演である。三曲に一回ぐらいは客に歌わせてくれるサービスもある、出てくるひとは流石にビートルズマニアで上手い、年齢も高校生ぐらいから七十過ぎたカップルまで大変な賑わいである。エリノアリグビ、ゲットバック、涙の乗車券、イエローサブマリーンなどなと本当に楽しめた、天井の構造上音の逃げ場がなく爆音がバズーカ砲みたいに飛んでくるがうるさくはない。深夜零時楽しい時間であった。

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ここはLiverpool FCの本拠地でイカレタサッカー野郎が列車でもホテルでも奇声を上げてところ構わず騒いでいる。


あさ海猫の鳴き声で目が覚めた、リバプールは港町だったことを思い出させてくれるが夜の雰囲気とは些かギャップがあり過ぎる。少し早く出てロンドンの見物をしよう、ビッグベンと議事堂を見るだけでも良いか。



二時にロンドンに到着した。タクシーでビッグベンに向かう、そして近くのレストランで遅い昼食とギネスで乾杯。最終便のユーロスターを予約して時間が三時間ほど空いたので赤い二階建ての観光バスに乗った。この種のバスは初めてなのでとても楽しかった。ユーロスターは爆睡だろう。







# by hal4550 | 2015-05-03 16:34 | JAZZ

パリのジャズ






いつか訪れてみたいと思っていたパリのジャズ、パリで人気が高く予約が取り難いJAZZ CLUBのSUNSET SUNSIDEに来ている。ニューヨークのジャズクラブとは違う雰囲気はナッシュビルやむしろニューオリンズに近いJAZZクラブの集まる処である。それはニューオリンズがヨーロッパの街に似ているのであろう、かってフランスが作った街だったことを思い出した。

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パリのジャズの歴史は古くサンジェルマン、サンミッシェル界隈にジャズが新大陸から流れ着き録音されるようになったのは1950年代、アメリカより少し新しいぐらいである。アメリカンジャズの大物たちが仕事を求めてパリへ上陸を果たしヨーロッパジャズの拠点となったのはパリの持つ音楽への愛着と権力へ抵抗する象徴が地下クラブへと発展していったのだろうと何かの本で読んだことが有るような気がする。わたしが初めてヨーロッパで録音されたJAZZレコードを買ったのはBEN WEBSTARの枯葉、FUTURAレコードから発売された1972年新譜だった。とても洗練された音楽で枯葉なら誰が吹いても枯葉だろうが少し違っていた。それまでのモダンジャズを聴いていた私の耳にはすすり泣くようなベン・ウエブスターのサックスは心に沁みた。当時ジャズはニューヨークのモダンジャズが最高と思っていたから中々ヨーロッパジャズへ耳を広げることは無かった。



パリのジャズはセーヌ河左岸サンジェルマンから少しずつ移動して、現在はセーヌ河右岸それでもそれほど遠く離れた訳ではないシテ島からすぐ近くのロンバール通りに固まっている、ポンピドウセンターが近くにある。他にもあるのだろうが私には今のところこの場所しか分からないがJAZZ CLUBが沢山集まっている。入場料も1ユーロから概ね12ユーロぐらい。SUNSET SUNSIDEはかなり高く28ユーロ、ニューヨーク・ビレッヂバンガードの30ドルに比べても高い。

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SUNSET SUNSIDEの入り口の雰囲気は良い、壁には新大陸のモダンな写真が沢山飾ってある。席の配置は奇妙である。椅子がぎゅうぎゅうに詰められパリのカフェーみたいである。全部前を向いて所々に小さな丸テーブルが置かれ飲み物を置く程度だろう、ニューヨークやニューオリンズとは全く違う感じである。本日は19時からと21時半からの二回公演も満席で人気の高さを現わしている。飲み物を注文しているのは三割ぐらいで残りは酒も飲まずに真剣にジャズを聴くつもりらしい。酒も呑まずにジャズを聴けるかっ云うのでメニューを読むと、先日京都で買い損ねたBowmore蒸留所のボウモア・シングルモルトが有ったのでストレートで息子の分と二杯頼んだ。素晴らしい香りとねっとりと喉の奥に絡みつく旨いシングルモルトである一杯12ユーロは他と比べて高いが本当に飲みたかったウイスキーとこんな形で出会えるのは嬉しい。


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今夜のセッションはNOUs GARO、ピアノトリオにボーカルの四人である。ピアノが最高に良い、右手と左手に宿る魂が違う人のようである。左手でブルースやボサノバのメロディーラインを挽きながら右手で変拍子のリズムを刻む概ね逆である、時々右と左を入れ替えて二つの違うメロディーを右と左で引き分ける、それをつなぐのが巧みなシンバルである。本当にぴったりの変拍子リズムとメロディである。ボーカルは剥げていても男前、トランスポータのジェイソン・ステイサムにそっくり似ているDavid LINX、リーダはドラムスAndre CECCARELLI、コントラバスは真田広之に似ているDiego IMBERT、そしてボーカル顔負けの三オクターブの声が出るピアノのPierre Alain GOUALCH。演奏は聴いたことのある曲ばかりだがメロディを崩さずしっかり弾きながら変拍子のリズムで直ぐには分からない。懐かしいミシェル・ポルナレフの曲も何曲か、ガーシュインのパリのアメリカ人とポルナレフのシェリに口づけをミックス編曲したのが良かった。MCがフランス語なので分からないが知っている単語をつなぎ合わせると何とか雰囲気は分かる、アンコールはモンクの名曲ラウンド・ミンドナイトのボーカルでこんな素晴らしいラウンド・ミッドナイトは初めて聞いた、アンコールも五六曲あり二時間近い内容の濃いセッションだった。aNOUs GAROは素晴らしい。パリJAZZ最古参のカヴォー・ドゥ・ラ・ユシェット Caveau de la Huchetteも近くに有るから滞在中に行ってみたいと思う。フランスで昔から言われてきた言葉「人はセーヌ河左岸で頭を使い、右岸でお金を使う」実践してみたいと思う。


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みなさんにご心配を掛けながら一年ぶりのDW's再デビュー、どうしようかと散々迷ったが、パリのジャズを聴いてこれを書こうと思った。この一年間は辛かった、音楽を長時間無心に聴くことはまだ出来ない、オーディオを弄っても途中で思い出して続けられない、音楽が救ってくれることは分かっているがまだ駄目である。徐々にであるが書き溜めたブログも公開して行きたい。八月には男の孫が産れる、そのためにも元気を出さなければと思う。今回はオペラ座の魔笛のチケットを買っている。










# by hal4550 | 2015-05-02 16:46 | JAZZ

しばらく休みます



平成26年4月28日北穂高岳で下山途中、
40年間パートナーだった女房を失いました。


暫く休みます。かならず、復帰しますので。

# by hal4550 | 2014-05-14 11:25 | JAZZ

ほたる





真空管アンプ、ほのかに光るほたるである。初夏の闇にぼぉっと光る無数のほたるのように真空管アンプMC3500は6本の双三極管と8本の出力管がある。外からはメータ・ランプしか見えないが、なかには20匹のほたるが居る。6台あるので120匹のほたる達である。

ゴールドムンドは黄色、マークレビンソンは妖しげな赤、カウンターポイントはひときわ目を惹く青色、これ等がオーディオルームに住み着くほたる属である。




きのう、おととい二日間レコードを聴いた、結局クラシックを鳴らさなかったのは真空管アンプを今季は取敢えずジャズ専用システムと決めてしまったからである。いまは音楽にそれ程拘泥が有る訳ではないが、仕組みを分けた方が悩まなくて良いと云うことだ。かってオペラしか鳴っていなかったJBL4550とMC3500だが、スピーカをトリプル・ダブルにしてからは自然と合う音楽を聴こうと云う気になった。飽きたら、そのとき考えれば良い、いい加減オーディオである。既にクーラを強冷にしても23℃以下には下がらない。



二月に聴いて以来であったが電源を入れて数時間で元の音に戻った。ややもしてW444STAチャンデバの設定を少し変えたが、違和感があり最終的にはブログを読み返して見ると以前の設定値と全く同じになっている、感覚はそうも変わらないようである。



構成は、EMT927+Viv磁性流体アーム+SPU-GからCotterTypeLトランス、そしてSA3000に入りW444STAチャンデバ君は(500/2K/8K/8K↑)の4帯域、そしてMC3500x6台とアンプ内蔵イオンツィータ。スピーカは低域JBL4550+JBL2205x2、中低域JBL2350+JBL2440x2、中高域JBL2395改+JBL375x2、高域アカペラATR-1x1である。基本構成は同じであるがホーンの変更とドライバーがダブルになったことが大きな変化かも知れない。

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スピーカの写真はあまり残っていないが改造前と改造後ではノイマンのレベルがこれほど違う、もっとも、スピーカ線が変わったりインターコネクト線が変ったりもしているので面白いものだ。

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これは変更前のスピーカとノイマンW444STA-OA12のレベル
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最初に作ったプラスチック・ノブのW444STA-OA6
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# by hal4550 | 2014-04-14 11:00 | MC3500

春眠不覺暁




音楽会へは行ったが、オーディオを長く聴いていないような気がする。長い時間聴いたのは二月末にグラムフォンとベームを聴いて以来である。その間EMT927のメンテやノイマンの修理で電源は入れたが短時間であった事はブログの更新履歴を見ても明白だ、HAL4550は殆ど料理や旅行のブログになっている。



ゴールドムンド一式の電源を入れた、一時間しても一日経っても音が悪い、何処か遠いところで音が鳴っている感じである。四日目にしてようやくオペラが鳴りはじめた、バルトリの夢遊病の女は新録音で素晴らしい音楽が鳴ってくれる。シンフォニーはまだまだで、ジャズも余所余所しく全く駄目である。諦めてJBL4550とMC3500の電源を入れねばなるまい、こちらは数時間で元に戻る、というのもレビンソンやカウンターポイントは四日前から電源は入ったままだから、あとはMC3500とEMT927のヒートアップだけだ。


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春眠不覺暁、トランジスターアンプは大容量コンデンサーのせいか寝起きに時間が掛る、とくにゴールドムンドのプリMimesis22Hはまともな音が出るまで数日掛るので電源はむやみに落とせない。EMT927はオイルを交換したのですこぶる調子が良い。


どっさりと買い込んできたMET Opera Shopの袋、中身はDVDとCD、さて収納場所もないのに馬鹿なことだ。ビレッヂバンガードで聴いたJimmy Heath、それほど良くないのはゆっくり目のエイトビートだから仕方ないか。気を取り直し、今日は一日、真空管ディにしよう、さあ、聴くぞ。


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春眠不覺暁   【春眠 暁を覚えず】
處處聞啼鳥   【処処 (しょしょ) 啼鳥 (ていちょう) を聞く】
夜来風雨聲   【夜来 (やらい) 風雨の声】
花落知多少   【花落つること 知るや多少 (いくばく) 】



# by hal4550 | 2014-04-12 09:00 | MC3500

京の華




出張から帰り、楽しみにしていた庭を見て唖然として暫らく声が出なかった。自慢の枝垂れ桜が平家の落ち武者のような無残な事になっていた。



散切り頭で首から上に花がなく、肩から下は満開の花が咲いている。本当にショックだった。根腐されを起して上に水も栄養も行かなかったのかと思った。翌朝、改めて観察すると、花の付いていない首から上には既に新芽が出始めているから根腐れではない。

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思い返すと、今年の1月2月に雀の大群が頻繁に飛来し、桜の天辺に止って嘴を突いている、毛虫を取っているのかと余り気にしなかったが、真冬に毛虫がいる筈はない、花芽を突付いていたのだ、そして食べ尽くしてしまったように思う。

いつも行く桜が名物のレストランでも天辺だけ花が咲いていない、聞いてみると、こんな事は初めてで樹木医に相談してみると云っていた、もしかして、今年は雀が沢山来ませんでしたかと問うと、大群が毎日来て楽しい思いをしたと言う、拙宅と同じだ。



同じような話しを京都円山公園の枝垂れ桜で聞いたことがある。こちらは烏の大群が飛来して糞害で天辺が枯れ掛けたそうである。対策は電気棒だそうだ、早速見学に行く事にした。なるほど円山公園の枝垂れ桜は昔ほどの勢いと優雅さはない。円山公園の桜は、そこは存在するだけで人々の様々な思い出を与えてくれる特別な場所だ、私達にも有る、良いものだ。電気棒も見た、なるほど、弱電流を流し、鳥が近づけないようにして有るらしい。

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円山公園八坂神社から高台寺に掛けては、土塀に囲まれた狭い道が通っている通称ねねの道。観光客でごった返しているが、わたしはこの道が好きである。道の両側の土塀の中には様々な椿の大木が植えられている。自然の椿ではないので薮椿以外の優雅なものが多く、わび介や姫薮、玉椿など茶花に使えそうなものばかりである。ねねの道から高台寺に上る階段の両脇にも沢山の椿がある。椿好きにとっては堪らなく素晴らしい季節である。

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ここまで来たら、直ぐ近くの骨董屋に寄らねばならないだろうと、屁理屈をつけて女房殿を促した。帰りにはしっかりと「中川浄益作の菊花紋の茶托10枚」なかなか探しても見つからなかったものであるが亭主が取って置いてくれた。それに「永楽善五郎"妙全"作の麦葉四方の向付5客」は呉須で麦の葉が四方八面に書かれた素晴らしいもので、ウインドウの上段目立たない片隅に飾られていたものを目聡く見つけてしまった。妙全の作品は女性らしく楚々とした美しさが堪らない、お茶道具として完成された美しさに心を惹きつけられる。中川浄益、永楽善五郎、さすが千家十職の技、京の華である。さて、これに何を盛り付けようか、そら豆をあしらったつゆ素麺なども良い、初夏に涼を呼び暑気を和らげるだろうと早くも思いは馳せる。


これはあとで調べて分かったが、骨董店のプライス・タグには妙全作と書いてあったが、箱書きと窯印を調べて16代即全作と判った。妙全の甥の息子である、約50年ほど新しい、骨董店の親父もいい加減なものだ、と呆れたが器の素晴らしさは変わらない。
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# by hal4550 | 2014-04-10 14:00 | 料理

デイオフ



予定した仕事が終わった解放感からくるアンニュイな気分。こう云う時こそ、このロケーション、ひとけの少ないプールサイドでBBQをサービスしてもらいながら、Joe Hendersonのアルトサックスがスローに流れる。このシチエーションを密かに想像していた。

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去年の秋、アンプの修理代はBBQと云う話が本当になった。ゆったりとしたスローな時間が流れ、久々に人生を取り戻した。iPhoneスピーカから流れるJAZZは特別サービス、わたしのたってのお願いでYellowTailのマグナムボトル、さすがに全部は空かなかったが残り少ない。日中のプールサイドのワインは旨い、分厚いステーキ、おにぎりはご馳走でした。iPhoneスピーカでJAZZが聴けることは知らなかった。

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日もたっぷり暮れて名残惜しむ黄昏に似合わないワイキキの喧騒が戻ってきた。やることの無さに慣れていないのでワインでも飲もうということになり女房と二人で出かけた。ホテルのすぐ横のイタ飯屋。ワインリストを見るとBertani Amaroneを見つけると1968年と1973年どちらを選ぶべきか散々迷った挙句1968年をお願いした。


デキャンタージュして暫く前菜で時間を稼いだ後一口飲んだが、まだ開き方が足りない。前菜がすべて終わってPizzaになる頃、芳醇な香りのアロマがボウル一杯に広がり、舌をUの字に曲げてワインをすすり込むと一気に鼻腔に達する、素晴らしい。アマローネ独特の甘みはほとんどなくなり、アマローネが抽象化されたエッセンスの味であった。

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この46年前に醸造された葡萄のエッセンスをハワイで味わえると思っていなかった。本当にラッキー、魔が差さないと絶対に頼まないプライス・カテゴリーであるから。このワイン、料理の一品一品に様々な反応を示す、味の濃いミートボールやピッアにはピリッと激しく、味の控えめなニヨッキや仔牛のカツレツには優しく甘く、面白かったのはエスプレッソコーヒが甘く葡萄色のコーヒが楽しめた、ベルターニ・アマローネは素晴らしい。若いソムリエのために一杯分の1968Amaroneを差し上げた。



ワインはシチュエーションにより色々楽しめる、太陽ギラギラのプールサイドではビンテージ・ワインは飲めたものではない、そこではイエローティルがとても旨い。このイエローティル、そのむかし紫音さんにご馳走になり気に入ってパーティでは度々選ばさせて戴いている。



# by hal4550 | 2014-04-06 05:01 | JAZZ

ハレ・ベトナム




ハワイに来たら必ず寄る店が何軒かある。特に食べ物に飽きた時にお奨めなのがカイムキにあるHale Vietnamである。


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ワイキキからタクシーでも$15で決して遠くないので、最近は旅行客に人気がありローカルが迷惑しているそうだ、おいしい店である。店に入ると出迎えてくれるのがバンザイ布袋さん。

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頼んだものは揚げ春巻きと海鮮ホー、OXテールホー、それにバドワイザーが三本、チップ込みで$50ぐらい、ほかの料理より格安である。


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この店は昔、知人に連れてきてもらった。彼女は10歳ほど年長だが仕事仲間で色々世話になった。癌を患い、もう長くないと云いながら10年以上生き永らえた。最後は会えなかったがきちんと身の回りを整理して亡くなったそうだ。




連れて行ってもらった店で、おいしかったのはワイキキの心玄という蕎麦屋、ニミッのサムチョイ、チャイナ・タウンのレジェンド、ユニバーシティ通りのはなまる、みんな安くて美味しいところです。食べるところに困ったら寄ってください。



# by hal4550 | 2014-04-04 06:00 | NYC