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四十年越しの指輪




東京へ行った折新宿の伊勢丹へ寄った。待ち時間でディスクユニオンへ行ってみた、伊勢丹の隣のビルである。クラシックレコード売場は沢山の人で賑わっている。わたしは箱から一枚一枚探すのが苦手である。時間は掛かるし余計なものを沢山買ってしまうからだ。それよりも店が自慢の飾ってあるレコードから選ぶ方が楽であるし店員と二言三言会話をすれば実はと奥から取って置きを持ってくること必定である事を長年の経験で知っている。



SXLの名盤クライバーのフィガロの結婚とカラヤンのアィーダとアンセルメ・パリ管のシェラザードいずれも初期盤を買った。盤は綺麗で値段もかなりのものだったがレコードは出会いが肝心である、これ等は何れも三組余り持っているのだが見ると欲しくなる性質なので仕方ない、店員とすっかり仲良くなってしまった。帰り際レジ横に指輪が沢山並んでいる、その中で一際分厚いセットがある、ひょっとしてベームの指輪ではないかと思い見せてもらうと四十年前に歯医者さんのところで何回も聴かせて貰ったあの皮張表紙の指輪だった。あの頃はジークフリートもボータンも何にも分らずただあの皮張りのレコードは一生働いても買えないだろうと諦めていた薄給の若者だった。



今はバイロイトでもパリでも行けるが皮張りのレコードは目の前に現れることは無かった。手にとって見てみるとずっとベームの指輪と思い込んでいたものがショルティの指輪でキングから出ていたものと分った。指輪なら三十組余りあると思う、今更日本盤の指輪を買ってどうするのだと言う気もするが四十年来の思い出に蓋をすることは出来ない。部屋の片隅に置いても良いと云う気持ちで、これも下さいと言うと値段は三千円と云う、聞き直しても三千円と云う、十六枚組BOXのせいか中々売れないレコードの類らしい。宅急便で送って貰うことにした。

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持ち帰ったフィガロの結婚を聴き終ったころ宅急便が届いた。写真を撮りブログを書きながらワルキューレから聴きたいと思いボックスを開けると四五六と並んでいる、やはりこの人もあそこが好きなのかと思った。愛蔵家番号が36番であるからかなりのファンであったのだろうレコードは綺麗で傷一つ無いが解説書はボロボロである。メモ用紙も入っている、岐阜大垣で鉱泉所を経営していた人だろう伝票の裏に色々メモ書きが残されている、前の所有者を色々推理するのも楽しい事だ。

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今更キングの日本盤を買ってどうするんだという気持ちは杞憂に終わった。聴いて見ると素晴らしい音がする、ワルキューレの騎行はやはり素晴らしい。デッカ・デコラはこう云うレコードを掛けると素晴らしい音がする。四十年前の二十歳代だった自分の思い出が交錯する。確かパトリシァン800のオリジナルをマランツ9とマランツ7にEMT927DSTで聴かせて貰ったと思う。デッカ・デコラと出会って本当に良かったと思う。あれこれ悩まず音楽に没頭できる、とは云えマニアの性がむくむくと首を持ち上げてこない事もないのだが今日は幸せである。










by hal4550 | 2015-08-31 13:00 | レコード

さまよえるオランダ人





ザルツブルグを十時発のミュヘン行きのICEに乗ったが駅手前の徐行運転で接続に十分以上有った筈の列車はホームには無かった。時刻表で次を調べてニルンベルグまでは旨くつなげたがニルンベルグからバイロイトが大変だった。ホーフまで行って大回りで電車を二回乗り継いで戻りバイロイト駅に到着したのは十七時四十五分、結局八時間かかった。急ぎタクシーでチケットを取りにホテルへ立ち寄り、祝祭歌劇場に到着したのは二分前ギリギリ間に合った、何事も諦めず努力し続ける事が肝心だ。


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バルコニーでのファンファーレが鳴り響き入場は始まっていた、中央の真ん中の席だったのでみんな立って待ってもらっているのには恐縮した。席は最高で両隣は美女二人でご機嫌、小錦二人に挟まれたザルッブルグとは大違いだった。


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音楽が始まった。昨日のウィーンと比べると音は荒いがワーグナーらしくとても良かった。いつも聴いているワーグナーの音がする。演出はギョっとした。舞台いっぱいに三面に大型の液晶モニターが沢山配置してありタイマーが高速で動いている。またかと思ったが、どうも意図があるらしくそのままじっと見ていると、やがて一見して分かる中国人の男がオランダ人船長役で出てきた。頭の様子が変である、半分が部分的に禿ている、そうか円形脱毛症化と気が付くのに随分時間がかかった、ストーリが半分ぐらいで漸くストレスによる円形脱毛症を表現していると分かった、部下も半分ぐらいの親衛隊らしき者達は全員円形脱毛症である。このオランダ人船長はビジネスマン社会を表現している。扇風機を作る工場を経営していてお金は有り余るほどあると云う設定、現代の中国人の比喩だろう、中国人を使ったのは面白い。かって日本人もこれぐらい皮肉られたことがあった。とても良くできたストーリと演出だった。デジタルと映像を巧みに使いこなし、嵐の場面や時間の経過や感情の表現、深層心理の表し方などは本当に良く考えてある。原作のオランダ人船長を知らないと理解できない危ういところはあるものの良く出来た演出だった。

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途中の休憩はなく通しで二十時半には終演した。外はまだ陽が高く、私の左肩に座っている女房とシャンパンで乾杯した。街に出ても一人では仕方ないと思い祝祭歌劇場のレストランに入った。ドレスアップした紳士淑女が食事をしている。メニューはシャンパン・赤白ワイン付きのフルコースでも98euと安く、余り食欲はないがホテルで食べるよりかましだろうと思った。料理はやはり塩辛いので口には合わない、昨日もおとといも今度の旅は美味しい食事には縁がなかった。


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機内で文芸春秋を読んでいるとドイツ人がヨーロッパで嫌われていると書いてある。気になったので読むとギリシャ問題である、ドイツ人は勤勉だが自分たちの考えを押し付けて逃げる隙も作らないそうだ。ドイツ人は自分たちが努力して倹約しているから支援を受けるためには当然質素倹約に励めというのは分かるが、フランス人やイタリア人は相手のことを尊重して配慮しながら助けるそうだ。あとミュヘンで列車を乗り継ぐときに物凄い光景を目にした。ホームからサッカーファンだろうか団体で歌を歌いながな降りてくる、どこの国でもサッカーファンは困ったものだが、一糸乱れぬ行進と轟く合唱には恐怖すら感じた。強制されることなく自分の意思で怒涛の群れを組む、これは異国人、特に大戦中に被害を受けたユダヤ人、フランス・ポーランド始め周辺国からは嫌われる、勤勉さゆえに嫌われるのであろう。同じ敗戦国で復興した国だが、やはり、ドイツ人は日本人とは全く違う人々である。


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    最後まで拙文お読み戴き有難うございました。 おわり







by hal4550 | 2015-08-28 06:00 | その他

ザルツブルグ

トロバトーレ





元々予定には無かったが、いつか行きたいと思っていたザルツブルグヘ来た。切っ掛けは簡単で真ん中の14日が丸々空いたからである。三日連続でワーグナーも良いかと神々の黄昏のチケットを取るつもりでいたがウィーンのチケットオフィスにメールするとザルツブルグの最上席が二席空いたとオファーが来た。ザルッブルグ音楽祭の目玉でトロバトーレのレオノーラをアンナ・ネトレブコがやると云う、それにオケは当然ウィーンフィルでノセダの指揮、最初はルナ伯爵でドミンゴも出るとかカフマンもと云われていたので神々の黄昏は諦めて俄然ザルツブルグへ興味が移った。ルナ伯爵をドミンゴは降りてカフマンはドタキャンと舞台が始まる前に申し訳なさそうな案内があったのは残念だった。


話を元に戻すと、トリスタンの幕間にウィーンへ携帯メールで予約したのは心配だったが、最終的にザルツブルグ祝祭歌劇場のオフィスにチケットを預けることで解決した。これは今までとは違う女の子が担当してくれたのでスムーズに進んだ。価格は表示価格430EUがプレミアで900EUで手に入った。最も取り難いザルッブルグのチケットが前日に二倍のプレミアで取れたこと自体が奇跡である。ザルツブルグヘ着くまでが半日仕事で時刻表通りだと五時間で着く筈がバスを乗り継ぎアウトバーンを走り列車に戻り七時間近くかかった。ホテルは駅の横のRAMADAホテル、先にチェックインして着替えてタクシーで15分ザルッブルグ祝祭歌劇場についた。


ザルッブルグは大きな街で都会的な喧騒と観光地の賑わいが同居する処でバイロイトとは正反対の街である。祝祭歌劇場も町中にあり観光客も多い、最もチケットが取り難い劇場である事も理解できる。チケットの受け取りに指定された夜間オフィスは十九時五十分にならないと開かないそうだ、それまで三十分あるのですぐ横にある1890年創業のNiemetzに入った、歌劇場に入る人達の溜り場のようだ。お薦めはと聞くと珈琲とザッハトルテと云うので名前だけは知っていたバッハトルテ、簡単に言えばホイップクリームを添えたチョコレート・ケーキを無理して完食した。それを見ていた上品な年配の女性(男連れ)に笑われた。帰り際に会釈すると会場でお会いしましょうと話しかけてくれた。


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二十時半からトロバトーレが始まった。満席である、一席も空はない。私は良い席だったが左右を小錦二人に占領された感じで超デブに挟まれてしまった。ザルッブルグも横に広い劇場で奥行きはそれほど無いように思える。それでもキャパシティは50x50の二千五百席ぐらいだろうか、通路もスロープの傾斜がついていて歩き難い。

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ノセダはMETで何回も聴いているのでお馴染みであるがウィーンフィルを振るとは思わなかった。明日はムーティとオッターがバィヨリン協奏曲をやるらしい。海外演奏会の初心者が多いようだ、私が会場で話をした夫婦も初めてという。誰でも最初は必ずあるものだから最初がザルッブルグとはラッキーな人々だ。劇場で目を引くオケピットだが随分狭くて浅い、背の大きい人や楽器がピットからこぼれている。コントラバスが五本で素晴らしい低音弦を聴かせてくれる。トロバトーレとは吟遊詩人マンリーコのことでMELI、ルナ伯爵はArtur Rucinski、ジプシー女のアズチェーナはSemenchuk、そしてレオノーラはAnna NETREBKOであった。演出は例にもれず奇抜なもので大型の絵画が壁となって舞台中を動き回る。アズチェーナは素晴らしいメゾで美声を披露したが逆に演出の問題点をさらけ出すことが不満であった。最初の場面から美術館をフランス人団体が動き回り、途中で中世の服装へと変わるので想像がついて行けない。辛うじて聖母子像や子供の絵が四枚揃ったところでアズチェーナが歌いだすルナ伯爵の弟とジプシー女の子供を取り換えて焼き殺された場面を表現していることが分かった、必然性は勿論ない。



話をウィーンフィルに戻すと、いつものウィーンフィルとは少し違って音に一段と張りがある、柔らかい弦のイメージであったが鋭さとしなやかさを併せ持つことがウィーンの特徴であることを改めて知った。トロバトーレの管楽器の良さもはっきり出ている。前日のバイロイトのトリスタンと比べても良い勝負だ。バイロイトとの違いは観客にある。ウィーンでも目にすることであるが、アリアのあと直ぐに拍手が鳴り止まないことである。苦い顔で絶対に拍手をしない人々も大勢いるが拍手によって音楽の進行を止めていることに気が付かない観光音楽ファンには困ったものだ、バイロイトには観光客が来ないので絶対にそのようなことは在り得ない。ちゃんとマナーを弁えている者たちが集まるのがバイロイトであることがよく分かる。マンリーコ三幕のハィCは歌い切らないうちから拍手の渦であり、拍手が終わらないからNosedaも音楽を先に進められない、でもみんな分かっているからじっと待ってくれている。

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途中休憩一回をはさみ零時には終わった。休憩の様子がMETやスカラとは違う、シャンパンやワインを片手に表の通りまで、ポワイェに居る人は無くみんな表の通りで風に当りながらおしゃべりに花を咲かせている。ザルツアッハ川に吹く風が通りを抜けて歌劇場にも流れてくる。八月の暑い夜を吹き抜ける涼風である。バイロイトの森を抜ける風とは比べ物にならないが僅かな風を求めて人々は歌劇場前の通りに抜け出るのである。今回も体は物凄く疲れているが感覚は妙に鋭くなっているのに気が付く。ものの本によるとザルツ(塩の)砦ということのようだ、昔から産出される岩塩をヨーロッパ各地へ運ぶ川がザルツァッハでその通行税を大司教が集め街を支えていた、そういうところでモォツアルトは産れ、ここで二十五歳まで育った。残念でもないがそのような類の観光地は一切行かないので知る由もないのだがインターネットのお蔭で知識は増える。

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ライトアップされた城壁や狭い岩肌に寄せ合って立っている旧市街地は青緑色で美しい。結局何処にも行かず列車でバイロイトへ戻ることになる。せめて、チョコレートだけは土産でも買おうかと思う、バイロイトには土産らしいものは何にもない、そこが良いのだが。ザルッブルグはお土産に事欠かない。   続く









by hal4550 | 2015-08-27 06:00 | その他

トリスタンとイゾルデ





ARVEANAホテルに真夜中に着いた、チケットは約束通りホテルに届いていたから安心した。280euを990euで買ったのは複雑な気持ちであるが、トリスタンが良く買えましたねと翌日の朝食バイキングで知り合いになった日本人たちから羨ましがられた。彼らは八年待ったそうである、それが四倍近くとはいえ買えたことは嬉しい。ホテルのインフォメーションボードにもチケットを売りたいと書いてある。正規料金で買うなら祝祭歌劇場の左手チケット・オフィス、ここはキャンセルになった僅かなチケットを当日分に限り13:30から売り出す。ここもプロの並び屋はいるが可能性は皆無ではない、根性があればチケット求むのカードをかざして二時ぐらいから待てば買えないことはないだろう。安く買えるか高く買わされるかは腕次第、ホテルで買うのが一番確実だろうがホテルは一切仲介しない当人同士の直接交渉、何れも本当に余っているのではなく転売を前提にしたシンジケートのチケットなので高く売ろうとするから座席表を持参して確認しながらの交渉が功を奏するかも、必ず現金現物引換えにすること。

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ぐっすり眠りバイキングの朝食を食べに降りて、そこで知り合った日本人夫婦と情報交換で昼食をご一緒する約束をした。それまでにパソコンの部品を買いに近くのメディアマートに行ったり、祝祭歌劇場まで下見に歩いて行った。地図をもらっていたが尋ね歩いて行ったので三十分程かかったが街並みが新鮮でとても楽しかった。アプローチの道から上方を見ると祝祭歌劇場の屋根が見える、途中にモネの睡蓮の池を模して作ってあるのは笑ってしまった。楓の街路樹のアプローチはそよぐ風がとても心地良かった。段々劇場に近づくと写真で見覚えのある風景が見える、とうとうバイロイト祝祭歌劇場に来たと云う実感が湧いてきた。直管トランペットで入場開始のファンファーレが鳴るバルコニーもある。

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建物が奇麗過ぎて不思議な気がした、暫くすると外灯も横に付いていたので初めて写真であることに気が付いた。外壁修復中で巨大な実物大の写真を貼り付けてある、さすが祝祭歌劇場である精巧な修復中の壁は見たことがない。ワーグナーの銅像前でデンマーク人のグループと話をしている内に十一時からトリスタンの事前説明会があると教えてくれた。チケットを提示するだけで入場できると云うので入ってみた。祝祭歌劇場の中は素晴らしい、横に長く奥行きは50列ぐらいか縦も40列ぐらいありそうだから二階の座敷牢を入れても2,300席がキャパシティだろう、結構大きなホールである。説明はドイツ語である、舞台の間口は真四角で初めて見る様式でワーグナーしかやらないから問題は無いのだろう。説明会には数百人が集まっていた。ドイツ語は全く分からないがトリスタンのことワーグナーのことは良く知っていたのでかなりの部分が理解できた、それでも一割ぐらいであるが舞台を見るうえで大切な情報を知り得た。

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12時半にoskarと云うレストランで約束した夫婦と会った。旅先で袖触れ合うも多少の縁と云うが食事をしながら色んな話をした。オペラの話は勿論だが仕事の話、子供の話、この年にならないと出来ない話はいくらでもある、話は尽きないが4時に祝祭歌劇場に着くためには2時までにはホテルに帰った方が良いと云われ夫婦と別れた。彼らは土産を買いに横のデパートによると云う。



夕方と云っても四時だとまだ陽は高く気温も30℃は超えているが日本のように暑く感じないのは湿度であろう、正装ではないが蝶ネクタイを締めて祝祭歌劇場へタクシーで向かった。ホテルからのバスも出ているそうだが面倒なのでタクシーを呼んでもらった。ごく僅かであるが正装の男性もいるが概ね自由な服装である、可笑しいのはちんちくりんの日本人が正装した姿である、本人は到って真面目に用意したのであるが似合わない、知ったかぶりしてガイドブックの受け売りはやめた方が良いと実感した。礼を失しない限り何でも許される、自分に似合う格好をしようと思った。ホテルを出る時に猿廻しを見て慌てて部屋に帰り金ボタンのブレザーにアイボリーのパンツを合わせた、リスボンで誂えたエメラルドグリーンのドレスシャツに蝶ネクタイは自分でも似合うと思っている、あるいは猿廻しに見えたかも知れない。

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テイレーマンの演奏は良い、バイロイトを上手く手なづけている。これが指輪だったら物足りないだろうがトリスタンなら丁度良く素晴らしい。いろんな人に今年の指輪の話を聞くと、ペトレンコの指揮は素晴らしかったそうである、残念なことペトレンコは2018年からラトルの後を継いでベルリンフィルの常任指揮者になることが発表されたからバイロイトは今年限りと云うことらしい。

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バイロイトの席はスロープになっていて通路は傾斜が付いている。オケピットは深く席からは見えないが音楽は上に立ち伸びる、特にワーグナーの金管楽器は素晴らしいものであった。勿論、弦も素晴らしく少々粗目であるがコントラバスのアルコは凄かった、ワーグナーらしく空気がそよぎ驚く。

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演出はマリック・エッシャーのだまし絵階段をモチーフに大道具で作った複雑な構造の可動式だまし絵階段である。残念ながら写真は撮れないのでネットで絵を拝借した。無限ループを使いながら愛情の破局は階段が突然落ちて行き来が出来なくなった様子を表現していた。大掛かりな舞台仕掛けを使った演出はとても楽しい。ソリストのトリスタンもイゾルテも良かった、マルケ王は若者で威厳に欠けるが歌唱は素晴らしかった。

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悪評の堅い椅子はやはり辛いし冷房は無い、時折森を渡ってくる涼風が涼しく感じるのもバイロイトならではである。途中二度の休憩はシャンパンを楽しみ、日本人夫婦とも話をした、多分ニューヨークであれば話しかけもしないだろうがバイロイトと云う所がそうさせるのであろう。みんな大変な思いでチケットを手に入れていることが分かり慰めあっている。たいがいは八年待ちと云うので280EUの席を990euで買うのはそれ程高い買い物ではないと云う気になってきた。ところでどこでもあるテキストの表示は無い、ドイツ語すらなくてブックを買わないとメロディだけが頼りである。ドイツ語以外のアナウンスもなくて推測するしかない。四時からスタートして十時半までの長丁場よくぞ耐えたと思う。これを指輪で四日連続私には修業が足りないので無理、早速ザルッブルグのチケット獲得に動いた。座布団持参の人も多い、終わってみれば暑さも椅子の堅さも気にならなくなったが兎も角ザルツブルグヘ行くことにした。ザルッブルグは八時半のスタートだからゆっくりでも間に合う、と思ったのが間違いだった。国際時刻表の読み方を知らなかったことに原因があるのだが、続きは後で書く。

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by hal4550 | 2015-08-26 06:00 | 演奏会

バイロイト音楽祭とザルツブルグ音楽祭





わずか四日間で二つの伝統ある音楽祭を観れたことは幸せである。五味康祐が愛したバイロイト、瀬川冬樹が憧れたバイロイト、ワーグナーを聴く者が一度は訪れてみたいドイツの田舎町である。バイロイトへ行きたいと思い始めたのは六月だった。直ぐにチケットを探すとオランダ人が一枚有った、プレミアムチケットで真ん中の良い席だが750euもする、躊躇しながら更に一週間後にはトリスタンとイゾルデが990eu邦貨14万円両方で二十五万円のプラチナチケットであるが、両方取れるならバイロイトへ行こうと思ってクリックした、問題はそれからで幾ら待ってもチケットは送ってこない、出発一週間前にようやくメールが届き席が決まったそうだ。チケットの受取方法についてホテルに預ける約束で出国した。今までの経緯を考えても果たしてチケットが届くか心配である。


バイロイト祝祭歌劇場

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ザルツブルグ祝祭歌劇場

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フルフラットシートで快適にフランクフルトに到着、予め調べておいた、フランクフルト->ニュルンベルグ->バイロイトの電車が無いと云う、取れたチケットは三回乗り継ぎでバイロイトに付いたのは二十三時過ぎであった。途中、車窓の景色は二十一時だというのに太陽はまだ沈まない北欧の白夜というのも想像できる。兎も角ホテルまでタクシーで行きチェックインするや否や何か届いていると聞くとチケットが届いていた。席は別にしても音楽祭に行けることが叶った、いざとなれば当日券やダフ屋から或いはホテルで買うことが出来ると踏んでいたのだが、これで安心。


南ドイツの鉄道地図

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バイエルン王国の首都ミューヘンから二百キロ離れたバイロイトは小さな街である。ルートビッヒに庇護されたワーグナーが晩年を過ごした地でワーグナー音楽演奏の完成を築き上げた処である。王宮もあるが辺境伯爵の歌劇場とバイロイト祝祭歌劇場があるだけでワグネリアン以外には興味を持たれない田舎町である。街も緑が多く歩いて三十分で廻れる本当に何にも無い街であるが七月末から八月末までの一ヶ月間は世界各国からワーグナー崇拝者達が集まる。毎晩ワーグナーのオペラだけをやっている、まさにワーグナーが望んだ理想郷である。とくにパルジファルはこの祝祭歌劇場のために作曲されワーグナーの死後三十年間はこの地以外では演奏を許されなかったと云う。



泊まったホテルはワーグナー協会の会員が大勢泊まるホテルで沢山の人と話をする機会があった。皆さんチケットには苦労しているらしく八年待ちというので驚く、もっとも一年前に残りのチケットが売り出されるので可能性はあるだろうが大変な事らしい。それと指輪の指揮者でペテレンコ、私は初めて聞く名前だが2013からバイロイトで振っている若手指揮者の評判が良い、それも2018年からベルリンフィルの常任指揮者になるから今年が最後と騒いでいる、三年も先の話にワグネリアン達は興奮している。演奏会は先に書いた通りとても良かった。色々物知り顔で演出を批判する人は多い、指輪の演出も型破りだったらしく、ブリュヒンデが最高音を外してがっかりしたという人もいたが音楽はその一瞬だけでは無いのでがっかりすることもあるまい。


バイロイトの観光地図

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ザルツブルグも列車には苦労した、バスを乗り継ぎ列車を乗り継ぎ開演二時間前には着いたのでゆっくりザッハトルテを楽しめた。しかし、これが唯一のザルツブルグでの食事であったことは残念だった。演奏会も素晴らしく、世界一取り難いチケットと云うのも納得できる。ウィーンのニューイャーコンサートも同様だろうが、金さえ出せば方法は幾らでも有ることが分った。バイロイト音楽祭はバイロイトの良さがありザルツブルグ音楽祭はウィーンの良さがある。両方続けて聴いてその良さが分った。ザルツブルグ音楽祭は観光客が多すぎるのでじっくり楽しめたとは云えない、マナーの問題である。写真もフラッシュを光らせてお構い無しである。ただテキストを英語で表示してくれるのは助かる、バイロイトはそのようなサービスは一切無い。


ザルツブルグの観光地図

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来年もチャンスがあればバイロイトの拷問に耐えたいと思うのはワグネリアンの性かも知れない。最後に気が付いたことであるがドイツはいまでも一つの国家ではなく数多くの自治領からなる連邦国家である、ドイツは神聖ローマ帝国を基にバイエルン王国から近代国家を歩き始めたそうである。このへんはイタリアの国家形成と同じであるが近代国家として団結する意義を充分に知りえている事であろう。日本も江戸時代は自治領からなる国家であり世界的に近代国家の始まりは二百年ぐらいであると考えれば面白い。因みに中国は四百年前から単独国家として明清と続いたが不幸な出来事もあり近代国家として中華人民共和国が独立して七十年になる。










by hal4550 | 2015-08-25 18:00 | 演奏会