HAL4550

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バリ最後の夜は





パリ最後の夜はパリ最古のJAZZ CLUBと云うネットで見つけた地下ライブハウスに行ってきました。縦のセーヌ川岸セント・ミッシェル通りと横のサンミッシェル通りの交差するところから少し路地に入ったところにある。この辺はde la Huchutteと付く店が多いが赤いネオンが目を惹くのですぐに分かる。

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その前にサンジェルマンディプレ通りから左へ曲がりサンミッシェル通りにある中古レコード屋Boulinierでレコードを見た。大きな店で本とCD/DVDとレコードを扱う大型店で24時まで営業をしている。レコードはワンフロアーにしかなかったが後で調べるともう一階下の倉庫に沢山置いてあるらしい。沢山有るがネットで買えるものが多く初期盤は皆無だがErik SatieとGeori Boueの古いアリア集を選んでレジで精算して18ユーロ。レジ奥にワーグナーを飾ってあるのはフルトベングラーの指輪とサバリッシュとクナパーッブシュのバイロイト音楽祭の箱物エンボスのデスマスクが付いているフィリプス盤。たしか1961年のモノラルと思ったが盤は奇麗でSTEREO/MONOと書いてある。疑似ステレオの可能性もあるが前から探していたレコードで即ゲットした、レジのおじさんが本当に買うのかと聞くからYahと答えると100ユーロを90ユーロに負けてくれた。荷物になるが嬉しかった。



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そして、CaveDeLaHuchtte1950年開業パリ最古の店へ二人で26ユーロの入場料を払い地下深く潜って行った。少しおかしい、何か変である、懐かしいフロアーであるがその時はJAZZ CLUBと思い込んでいたからまだ分からなかった。二十二時になると客が集まり始め、それでも半分の席は空いている。バンドが入り演奏が始まった、JAZZの曲であるがリズムが少しおかしい、少なくともSUNSIDE SUNSETとは比べ物にならない。二曲終わったところで突然異変が起こった、常連客は当然であろうが初めての客は面食らってしまった。



地下へ潜ってゆくと怪しげな雰囲気
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天井はリバプールと同じドーム状
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演奏ステージは狭いネオールディズのクラブみたい
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客も年寄りから若い娘まで
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突然のことで驚き目が点になった
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JAZZの曲ではあるがリズムを崩して演奏するなかでカップルがジルバを踊りだした。二組三組とフロアーを踊りまくっている。女房もツイストやジルバが大好きでニューオリンズのダンスホールでは一緒に踊ったが、もしも生きていれば喜んでフロアーに繰り出しただろうと涙が出てきた。

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JAZZを聴きに来た人はあっけにとられている、ダンスを踊る連中は席では演奏中にも関わらず大声で喋り踊れそうな曲になるとフロアーを占拠する、JAZZマニアにとっては不愉快極まりない連中だ。人の踊りを見て喜ぶ趣味はないので一時間で退散した。階段に古い写真や油絵が沢山飾ってある。ここはダンスホールなのだ、それを知らずにライブハウスと思ってきた人達も沢山居たようだ、喋っているカップルに再三注意しているが無視されている、ここはダンスが主役の店って知らないのと言いたげである。ウェブにはそんなことは書いてないので分からなくて当然だろうが。初日に行ったSUNSET SUNSIDEはサンミッシェルがシテ島で名前を変えてBOULEVARDとなるが同じ道である、その通り沿いポンピドーセンターの傍にあるからセーヌ川を挟んで五分も離れていないセーヌ左岸と右岸である。SUNSET SUNSIDEはお勧めです。


結局こう云う店でした
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by hal4550 | 2015-05-05 16:05 | JAZZ

リバプールへ




ネット環境が不調でメールの挙動がおかしくオペラのチケットがキャンセルされてしまった。どうしても見たいキャストではなかったのであっさり諦めた。天気がもう一つ良くない曇りから雨の予報、ワイナリーへ行くのも中止した。これで1000ユーロが浮いた、天気予報を見てみるとロンドンが晴れ、青りんごを見て思ったのではないが、リバプールヘ行こう、そしてCavern CLUBでBeatlesを浴びようということになった。


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ユーロスターで時差があるから二時間でロンドン、そこで乗り換えマンチェスター経由でリバプールまで四時間余り、気ままな旅だから良いだろう。宿もネットでリバプールに予約した。ユーロスターは快適だった、浮いた金で贅沢しようと一等席を買った。二等の三倍であるがこの際細かいことは無しだ。でも金額に触れたのは訳がある、パリ北駅を出発するとすぐに飲み物を持ってきた、金は要らないと云う、暫くするとおつまみとアルコールをくれるという、これも無料。そしてプレートが運ばれてきた、温かい食事である、後でメインコースを運んでくると云い、アルコールの追加を聞く。ほどなくチキンとソーセージと豆の煮込みが運ばれてきた、そしてデザートに紅茶といたれりつくせりである。三時間の旅も車窓に映る菜の花畑の黄色と牧草の緑が映えて奇麗だった。ドーバ海峡を渡るともう女王陛下の国イギリスである。車窓はフランスと同じ菜種畑が広がるが違うのはユーロスターの車体の揺れがひどくなったことだ。

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ロンドンについて乗り換えのため三百メートル離れたVirgin鉄道の駅へ急いだ。赤色の二階建てのバスを見てロンドンに着いた実感が湧いた。リバプールヘ今日は直行便がないそうでマンチェスターで乗り換えることになる。ロンドから内陸へ入るとフランスとは違う畑の風景が広がる、菜種畑は同じであるが馬と牛と羊の牧場が沢山ある。そして鉄道と並行して張り巡らされた水路を行き交うナローボートを見た。テレビで見たことがあるウエールズの観光水路ではなく経済水路である。水路が発達して産業革命を支えた大陸とは違う文化があることを知った。

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列車がリバプール駅に着いたのは午後七時半、ホテルにチェックインしてCavern CLUBのあるMathew通りにタクシーで行った。通りが全部ライブハウスである、通りを外れてもパブかディスコしかない不思議な町である。CAVERNの看板は直ぐに見つかり入口に人が屯している。階段を下りると爆音が響き店内は人が溢れている。ギネスを呑みながら様子を伺いながら、ここがビートルズを産んだCAVERN CLUBかと感激したが少し変なことに気が付いた。バンドが下手糞である、素人出場かと思った。みんな乗って踊っているが早々と退散した。

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十メートル歩くとそこもCAVERN CLUBと書いてある、何軒もあるのかと前の店の看板を見てみるとCAVERN PUBと書いてある。改めて入場料4ユーロを払うと厳ついおっさんが腕にスタンプを押してくれる、これで出入り自由と云うことだろう。階段を地下深く入って行くとそこは見覚えのあるCAVERN CLUBである。四十年前に女房と良く通った大阪のCAVERN CLUBと同じに作ってある、こっちが本家本元であるから感激である。天井はアーチ形で低く昔の醸造所跡を利用と書いてある。店内はかなり広く、こちらも人が一杯である。とても飲み物までたどり着けそうもない。演奏は流石に上手い、女子バンドが何曲か演奏した後に二十二時から二時まではハウスバンドの出演である。三曲に一回ぐらいは客に歌わせてくれるサービスもある、出てくるひとは流石にビートルズマニアで上手い、年齢も高校生ぐらいから七十過ぎたカップルまで大変な賑わいである。エリノアリグビ、ゲットバック、涙の乗車券、イエローサブマリーンなどなと本当に楽しめた、天井の構造上音の逃げ場がなく爆音がバズーカ砲みたいに飛んでくるがうるさくはない。深夜零時楽しい時間であった。

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ここはLiverpool FCの本拠地でイカレタサッカー野郎が列車でもホテルでも奇声を上げてところ構わず騒いでいる。


あさ海猫の鳴き声で目が覚めた、リバプールは港町だったことを思い出させてくれるが夜の雰囲気とは些かギャップがあり過ぎる。少し早く出てロンドンの見物をしよう、ビッグベンと議事堂を見るだけでも良いか。



二時にロンドンに到着した。タクシーでビッグベンに向かう、そして近くのレストランで遅い昼食とギネスで乾杯。最終便のユーロスターを予約して時間が三時間ほど空いたので赤い二階建ての観光バスに乗った。この種のバスは初めてなのでとても楽しかった。ユーロスターは爆睡だろう。







by hal4550 | 2015-05-03 16:34 | JAZZ

パリのジャズ






いつか訪れてみたいと思っていたパリのジャズ、パリで人気が高く予約が取り難いJAZZ CLUBのSUNSET SUNSIDEに来ている。ニューヨークのジャズクラブとは違う雰囲気はナッシュビルやむしろニューオリンズに近いJAZZクラブの集まる処である。それはニューオリンズがヨーロッパの街に似ているのであろう、かってフランスが作った街だったことを思い出した。

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パリのジャズの歴史は古くサンジェルマン、サンミッシェル界隈にジャズが新大陸から流れ着き録音されるようになったのは1950年代、アメリカより少し新しいぐらいである。アメリカンジャズの大物たちが仕事を求めてパリへ上陸を果たしヨーロッパジャズの拠点となったのはパリの持つ音楽への愛着と権力へ抵抗する象徴が地下クラブへと発展していったのだろうと何かの本で読んだことが有るような気がする。わたしが初めてヨーロッパで録音されたJAZZレコードを買ったのはBEN WEBSTARの枯葉、FUTURAレコードから発売された1972年新譜だった。とても洗練された音楽で枯葉なら誰が吹いても枯葉だろうが少し違っていた。それまでのモダンジャズを聴いていた私の耳にはすすり泣くようなベン・ウエブスターのサックスは心に沁みた。当時ジャズはニューヨークのモダンジャズが最高と思っていたから中々ヨーロッパジャズへ耳を広げることは無かった。



パリのジャズはセーヌ河左岸サンジェルマンから少しずつ移動して、現在はセーヌ河右岸それでもそれほど遠く離れた訳ではないシテ島からすぐ近くのロンバール通りに固まっている、ポンピドウセンターが近くにある。他にもあるのだろうが私には今のところこの場所しか分からないがJAZZ CLUBが沢山集まっている。入場料も1ユーロから概ね12ユーロぐらい。SUNSET SUNSIDEはかなり高く28ユーロ、ニューヨーク・ビレッヂバンガードの30ドルに比べても高い。

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SUNSET SUNSIDEの入り口の雰囲気は良い、壁には新大陸のモダンな写真が沢山飾ってある。席の配置は奇妙である。椅子がぎゅうぎゅうに詰められパリのカフェーみたいである。全部前を向いて所々に小さな丸テーブルが置かれ飲み物を置く程度だろう、ニューヨークやニューオリンズとは全く違う感じである。本日は19時からと21時半からの二回公演も満席で人気の高さを現わしている。飲み物を注文しているのは三割ぐらいで残りは酒も飲まずに真剣にジャズを聴くつもりらしい。酒も呑まずにジャズを聴けるかっ云うのでメニューを読むと、先日京都で買い損ねたBowmore蒸留所のボウモア・シングルモルトが有ったのでストレートで息子の分と二杯頼んだ。素晴らしい香りとねっとりと喉の奥に絡みつく旨いシングルモルトである一杯12ユーロは他と比べて高いが本当に飲みたかったウイスキーとこんな形で出会えるのは嬉しい。


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今夜のセッションはNOUs GARO、ピアノトリオにボーカルの四人である。ピアノが最高に良い、右手と左手に宿る魂が違う人のようである。左手でブルースやボサノバのメロディーラインを挽きながら右手で変拍子のリズムを刻む概ね逆である、時々右と左を入れ替えて二つの違うメロディーを右と左で引き分ける、それをつなぐのが巧みなシンバルである。本当にぴったりの変拍子リズムとメロディである。ボーカルは剥げていても男前、トランスポータのジェイソン・ステイサムにそっくり似ているDavid LINX、リーダはドラムスAndre CECCARELLI、コントラバスは真田広之に似ているDiego IMBERT、そしてボーカル顔負けの三オクターブの声が出るピアノのPierre Alain GOUALCH。演奏は聴いたことのある曲ばかりだがメロディを崩さずしっかり弾きながら変拍子のリズムで直ぐには分からない。懐かしいミシェル・ポルナレフの曲も何曲か、ガーシュインのパリのアメリカ人とポルナレフのシェリに口づけをミックス編曲したのが良かった。MCがフランス語なので分からないが知っている単語をつなぎ合わせると何とか雰囲気は分かる、アンコールはモンクの名曲ラウンド・ミンドナイトのボーカルでこんな素晴らしいラウンド・ミッドナイトは初めて聞いた、アンコールも五六曲あり二時間近い内容の濃いセッションだった。aNOUs GAROは素晴らしい。パリJAZZ最古参のカヴォー・ドゥ・ラ・ユシェット Caveau de la Huchetteも近くに有るから滞在中に行ってみたいと思う。フランスで昔から言われてきた言葉「人はセーヌ河左岸で頭を使い、右岸でお金を使う」実践してみたいと思う。


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みなさんにご心配を掛けながら一年ぶりのDW's再デビュー、どうしようかと散々迷ったが、パリのジャズを聴いてこれを書こうと思った。この一年間は辛かった、音楽を長時間無心に聴くことはまだ出来ない、オーディオを弄っても途中で思い出して続けられない、音楽が救ってくれることは分かっているがまだ駄目である。徐々にであるが書き溜めたブログも公開して行きたい。八月には男の孫が産れる、そのためにも元気を出さなければと思う。今回はオペラ座の魔笛のチケットを買っている。










by hal4550 | 2015-05-02 16:46 | JAZZ