HAL4550

緊急避難の雪洞

ゴールデンウイークには悲惨な事故が沢山あり多くの人命が失われてしまった。わたしは、やはり気になるのが山で死んでいった人々のことである。ことしも8名の方が北アルプスで亡くなった。およそ遭難するようなところではないが全員凍死である、雪山の気候激変に対応できなかった、経験装備など批判することは容易いが自分の身に降りかかると逃げがたいことだろう。数年前に自分が判断を誤り、雪山で緊急避難を余儀なくされ雪洞を掘りビバークして一睡も出来なかったことが思い出される、それは今年と同じく気候が不安定で、北アの山々で6人が凍死した報道を思い出し身震いがした。

あまり思い出したくない記憶だが写真が出てきたので雪洞について、経験を書いてみたいという気になった。いずれ書きたいと思っていたが三年も過ぎてしまった。この年はいろんなことがあり頭も混乱していた。わたしと女房は雪山を40歳から始め20年ほど登っている。
c0064260_1293325.jpg

2009年4月開山祭の前日、横尾は穂高や槍も雪崩で入山禁止になっていて、引き返す人、横尾小屋で粘る人、閑散としていた。わたし達は横尾での写真撮影に時間をとられ、蝶へ上がると決めたのは十二時を過ぎていた。蝶は何度も登っているし横尾から四時間もかからないので、蝶が岳小屋には遅くとも五時、最悪でも六時には着く予定だ。登り始めて一時間、急傾斜の道は凍った上に新雪が重なり、かなり難航した。12本爪のアイゼンとSimond NAJAのピッケル、ゴアテックスのカッパとヒートテック・フリース、コンロ・食料と写真機材、ザックは30キロ弱、テントとシュラフは小屋泊まりに変更したのでホテルに置いてきた。いつもは50キロの重装備の山行きなのに魔が差したのかテントとシュラフをザックから出してしまった。<この判断が大間違い>
c0064260_1210610.jpg

トレースはついているが、雪山の道は三時ごろから急変する、雪が凍り始め、そして風も強くなる。歩き始めて六時間、まだ稜線には出ない、かなりへばってきた。この調子だと稜線に出ても風が強いし、稜線から小屋まで一時間はかかるだろう、森林地帯へ戻りビバークするのが何かと好都合だ。それに体力の有る間に雪洞を掘らないと行動不能になる、リスクを冒して小屋まで歩くよりビバークを選んだ。<この判断は正しかった>

稜線下の森林地帯でのビバークは何回か経験している。雪崩の危険も見極め易く風も弱いし、何よりも雪洞を作るための材料が集め易い。雪洞は大きな木の傍らの傾斜地に掘るのが良い、表面の凍っている雪をピッケルで割りながら二人分のスペースを掘るのだが、大きな木の周りは窪んでいて、他より掘り易い事を経験上知っている。それでも一時間はかかった。雪洞に倒木と小枝で蓋をして上から雪を被せる。二人が脚を曲げて横になれる80x160センチの緊急避難の雪洞、風を防ぐために出入り口はザックで塞ぐ、食料はザックの中には入れておかず、ラジオは付けっ放しにしておく。以前、食料を夜中に持っていかれたことがある、動物に襲われない為にも特に注意が必要だ。              

撤去時に撮影したので覆いの雪と小枝は大部分退けてある
c0064260_12124523.jpg

顔にタオルをまき水分の蒸発を少なくする。
c0064260_12141753.jpg

雪洞の深さは膝が立てるから60センチぐらい。
c0064260_12144354.jpg

二人が交代で辛うじて寝返りができるスペース。
c0064260_12153823.jpg

体温を保つために雪洞の底には小枝を敷きビニール袋に入れた衣類をクッション代わり。
c0064260_1217047.jpg

着込めるだけ着込んでも夜中になると恐ろしく寒い。二重テントと羽毛シュラフでは-10度でも平気だったが、雪洞のなかは寒い、もしも稜線で風を防ぐ雪洞もなければ想像するだけでも恐ろしい。雪洞の中では一睡も出来ない、睡魔との戦いだ、気持ち良いほどに眠りの世界へ吸い込まれて行く。そのまま寝込んだらどうなるかは知らないが恐らく体温を奪われ二度と目が覚めないような気がする。一晩中昔話をしながら、会話が途切れたら揺り動かし、一睡もしなかった。時間の経つのが遅く感じられ四時過ぎが限界だった。幸いな事に空も白み始めたので、外へ出ると寒さは幾分か穏やかになっていた、コンロで雪を溶かして朝食を作る、そして五時前に雪洞を撤収して蝶が岳小屋へ向かった。稜線から300m足らずの森林上限地帯にビバークしていたことが分った。疲れも回復していたので小屋までは30分、蝶の小屋には宿泊客が2組、トレースはそのパーティのものだった。快晴の空に広がる槍穂高連峰のパノラマが眩しく美しかった。
c0064260_12165192.jpg


徳沢園で六人が亡くなったことを知った。判断が生死を分ける、その場になると判断は難しい。不思議な事に、上に進む事は考えても、麓に下がる事は考えなかった。下った方が100%安全で楽なのに、不思議だ。


遭難された人々のことを思うと今この記事を書くのは躊躇われたが、拙ブログを読んで頂ける人はヤフー・グークル検索でたどり着く人も多く、山ヤの非常の時の参考になればと思い書いた次第。もしも、この記事を不快に思われる方が有りましたらコメント下さい、場合により本記事を削除いたします。



c0064260_1257535.jpg



去年は雪の多い西穂高に上った。今年は開山祭で無事を祈ったが雪山には登らなかった。
by hal4550 | 2012-05-09 09:02